紫式部公園 紫式部歌碑
紫式部像の周囲に、紫式部の歌碑が3基あります。
 |
ここにかく 日野の杉むら 埋む雪
小塩の松に けふやまがへる
|
 |
【紫式部詠・谷崎潤一郎揮毫 昭和33年建立】
紫式部が越前で迎えた初めての冬に詠んだ歌です。
日野山<越前>の杉と小塩山<京>の松を対比させている歌。紫式部の京への思いがこめられています。
 |
春なれど しらねのみゆき いやつもり
とくべきほどの いつとなきかな
|
 |
【紫式部詠・実践女子大学本「むらさき式部集」に拠る 平成2年建立】
当時、越前国の松原客館には宋人が滞在していました。のちに紫式部の夫となる藤原宣孝が「宋の人々を見に越前に行き、紫式部に会いたい」と手紙を送ってきたようです。しかし紫式部が返事に送った歌は「私の心はいつ貴方に対して解けるのかわかりません」といった突き放したものでした。
 |
身のうさは 心のうちに したひきて
いま九重に 思ひみだるる
|
 |
【紫式部詠・円地文子揮毫 昭和61年建立】
夫である藤原宣孝を亡くし、一人娘の賢子<のちの大弐三位>を育てていた紫式部。一条天皇の中宮彰子のもとに出仕するようになりますが、思い乱れることが多いようです。
九重(ここのえ)=宮中 と 幾重 という意味をかけています。
▲このページの一番上に戻る
|