『源氏物語』に登場する菅原道真の漢詩
『源氏物語』第12帖<須磨>において、光源氏が異母兄・朱雀帝から賜った衣を身に離さず、須磨に持ってきたことがわかる場面があります。
その夜、主上のいとなつかしう昔物語などしたまひし御さまの、院に似たてまつりたまへりしも、恋しく思で出できこえたまひて、 「恩賜の御衣は今此に在り」 と誦じつつ入りたまひぬ。御衣はまことに身を放たず、かたはらに置きたまへり。
(訳=その夜(昨年9月20日の夜)、主上がとても親しく昔話などをなさった時の御様子、故院にお似申していらしたのも、恋しく思い出し申し上げなさって、 「恩賜の御衣は今此に在る」 と朗誦なさりながらお入りになった。御衣は本当に肌身離さず、側にお置きになっていた。)
【源氏物語の本文と訳は 渋谷栄一先生のwebサイト『源氏物語の世界』より引用】
光源氏は須磨で十五夜の月<中秋の名月>を見て、1年前に宮中・清涼殿で行われた管弦の遊びを思い出します。そして、異母兄・朱雀帝が父である桐壺院に似ていらっしゃる様子を思い出し、菅原道真が配流先の大宰府で詠んだ漢詩を口ずさむのでした。
光源氏は朱雀帝から衣を賜っており、その衣を大事に須磨まで持ってきていました。
この場面の元になっている菅原道真の漢詩と読み下し文は以下のとおりです。
九月十日
去年今夜侍清涼
秋思詩篇獨断腸
恩賜御衣今在此
捧持毎日拝餘香
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九月十日
去年の今夜 清涼に侍す
秋思の詩篇 独り断腸
恩賜の御衣 今此(ここ)に在り
捧持して 毎日余香を拝す
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菅原道真の漢詩集『菅家後集』 四八二 より |
【漢詩と読み下し文は 『菅家の文華』(発行:大宰府天満宮文化研究所)より引用】 |
菅原道真は900年(昌泰3年)9月10日に清涼殿で催された宴において、醍醐天皇から衣を賜りました。
901年(昌泰4年・延喜元年)、菅原道真は大宰権師として左遷されます。同年9月10日、太宰府での配所・府の南館で1年前の宮中での様子を偲び、醍醐天皇から賜った衣の移り香を拝して、漢詩「九月十日」を詠みました。
※903年(延喜3年)2月25日、菅原道真は府の南館<=現在の榎社>で亡くなります。
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