『源氏物語』に登場する姫君 玉鬘について
玉鬘(たまかづら)は、光源氏の義兄であり親友でもある頭中将(とうのちゅうじょう)を父に、頭中将の愛人だった夕顔(ゆうがお)を母にもつ姫君です。
源氏物語』第四帖<夕顔>で、光源氏が恋に落ちる女性こそ、かつて頭中将の愛人だった夕顔です。しかし夕顔は物の怪により急死してしまいます。光源氏の悲しみは大変深いものでした。
夕顔が行方不明になった時、娘の玉鬘は3歳でした。
母・夕顔の死を知らないまま玉鬘は4歳で乳母(めのと)たちとともに筑紫へ下ります。 乳母の夫が大宰少弐(だざいのしょうに=大宰府の次官)になったため、乳母は家族と共に玉鬘を連れて京から筑紫へ下向するのでした。
玉鬘が10歳ごろ、乳母の夫である大宰少弐が筑紫で死去します。
大宰少弐は息子たちに
「この姫君を京にお連れ申さねばならないことだけを心掛けなさい。
私の供養のことなど気にしなくていい。」
と遺言しました。乳母一家は、玉鬘を大切に養育します。
いつか京へ戻り、玉鬘が幸せになることを神仏に祈りつつ・・・。
玉鬘と乳母たちが筑紫で願をかけたのが鏡神社(佐賀県唐津市)と筥崎宮(福岡市東区)であると『源氏物語』内に書かれています。
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