『花橘亭〜源氏物語を楽しむ〜』源氏物語ゆかりの地をめぐる「須磨」「明石」紀行「明石」を歩く善楽寺
源氏物語ゆかりの地をめぐる
     
 


善楽寺戒光院 (ぜんらくじかいこういん)

●所在地 :兵庫県明石市大観町11−8
●交通 :山陽電車「西新町」駅下車 徒歩10分
  :JR・山陽電車「明石」駅より市バス「大観橋」下車 徒歩5分

 法寫山善楽寺(ほうしゃざんぜんらくじ)は戒光院・実相院・円珠院の総称です。明石で最も古い寺で創建は7世紀後半。平安末期、平清盛が再興したと伝わります。

 戒光院は、『源氏物語』に登場する明石の入道の「浜の館(たち)」跡にみなされ、境内には「明石入道の碑」や「浜の松の碑」が建立されています。 
善楽寺



 明石の入道の邸宅「浜の館(たち)」

■『源氏物語』第13帖<明石>において、「浜の館」の様子について記されています。

所のさまをばさらにも言はず、作りなしたる心ばへ、木立、立石、前栽などのありさま、えも言はぬ入江の水など、絵に描かば、心のいたり少なからむ絵師は描き及ぶまじと見ゆ。

(訳:(浜の館は)天然の景勝はいうまでもなく、こしらえた趣向、木立、(庭園の)立て石、前栽などの様子、何とも表現しがたい入江の水など、もし絵に描いたならば、修業の浅いような絵師ではとても描き尽くせまいと見える。)


【源氏物語の本文と訳は 渋谷栄一先生のwebサイト『源氏物語の世界』より引用】


 光源氏は明石の入道の迎えにより、入道が所有する「浜の館」に住みました。
入道の住まいは都の高貴な人々の邸宅にも劣らず、華やかで美しくきらびやかな様子は入道の邸宅のほうが勝っていると思われるのでした。



 戒光院 本堂


善楽寺 戒光院 本堂
善楽寺戒光院 本堂

ご本尊は阿弥陀如来です。




【参考サイト】
『天台宗 兵庫教区寺院大図鑑』

 戒光院 「明石入道の碑」


明石入道の碑  明石入道の碑

 隣りの白い杭によりますと

明石藩主 松平忠国が明石入道「浜辺の館」跡に碑を建てた

と記されています。


 高さ約2メートルの立派な宝塔です。
松平忠国自詠の歌  松平忠国自詠の歌


 いにしへの
  名のみ残りて
     有明の
 あかしの上の
  おや住みしあと




※「明石入道の碑」の裏側にあります。
明石入道の碑  明石入道の碑

 さらに奥に、高さの低い碑がありました。
(本によっては、この碑を「明石入道の碑」として紹介されているものもあります。)




 戒光院 「明石の浦の浜の松」


明石の浦の浜の松  光源氏古跡
 明石之浦之濱之松
明石の浦の浜の松  「明石の浦の濱の松」全体の様子。

 堂々とした枝ぶりですね。




 戒光院 見どころ


戒光院 本堂 戒光院 平清盛 供養塔
戒光院 本堂 「戒光院」の本堂扁額 「平清盛の供養塔」
魚藍観世音菩薩 水子地蔵大菩薩 「牧場の朝」碑 作曲家:船橋栄吉は明石出身!
魚藍観世音菩薩 水子地蔵大菩薩 文部省唱歌「牧場の朝」碑



塔




 源氏物語「須磨」「明石」紀行スタンプラリークイズ

 2008年10月5日(日)〜11月24日(月・振休)まで開催されたスタンプラリークイズの問題です。
解答はおわかりですよね♪(*^ ・^)ノ⌒☆

善楽寺に住んでいたのは?




 善楽寺 圓珠院と実相院

 善楽寺は圓珠院・戒光院・實相院の総称です。平安時代末期には七堂伽藍がそびえる大寺院だったのだとか。
戒光院の東に圓珠院(円珠院)が隣接しており、實相院(実相院)は南に位置します。


善楽寺 円珠院  善楽寺 圓珠院

 住所:兵庫県明石市大観町11−8

 円珠院には、伝「宮本武蔵」作庭の枯池枯山水庭園があります。水墨画を思わせるようなつくりが特徴。
善楽寺 実相院  善楽寺 實相院

 住所:兵庫県明石市大観町12−25

 明石西国第一番観音霊場。 




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