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大宰府政庁跡<都府楼(とふろう)跡> |
大宰府は、西に水城(みずき=濠と土塁)・北に大野城(おおのじょう)・東に阿志岐山城(あしきさんじょう)・南に基肄城(きいじょう)に囲まれた九州全体を治める地方最大の役所であり、外交や防衛といった重要な役割も果たしていました。
東北の方角には大宰府の鬼門除けの宝満山<竈門山・御笠山>がそびえたっています。
大宰府政庁跡は現在は史跡公園として整備されており、南門・中門・東脇殿・西脇殿・正殿・後殿・東楼・西楼・回廊の礎石と築地塀をしめす植え込みによって、それぞれの位置を偲ぶことができます。
正殿は、平城京や平安京でいうところの大極殿(だいごくでん=重要な儀式が行われる)に相当し、最も重要な建物でした。
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大宰府政庁 第三期 おおよその配置図です。↑ |
<当方のブログ内のこちらの記事をどうぞ>
・ブログ「晴れのち平安」>2011年3月1日 太宰府散策♪ INDEX>大宰府政庁跡
大宰府政庁南門復元模型<九州国立博物館蔵>
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